昭和41年06月16日 朝の御理解



 自分の好きなものを頂いて、本当に有難いと、その有難いという喜びを神様、おかげを頂きまして有難うございます、というて喜ぶ神様も喜んで下さる。ね、神様好きなものを食べるなとか好きなものを断てとか、と仰る様な神様ではない。それを氏子が真実喜ぶとき、本当におかげのやりがいがあった、好きなものを与えがいがあったというて、喜んで下さる神様。
 からというてまた、その自分の一番好きなものでもたってから、お詫びのしるしにと言う様な、生き方、あり方というものを又それは、別の意味で神様が心を動かしなさらんはずがない。今の私は椛目の場合、そのどちらの方が本当だろうかと。皆さんどう言う風に思われますか。皆さんの場合はどっちか(たすかす?)のような感じがするんですよね。好きなものもよう頂けず、というて断とう頂けんなら頂こうというのであって、それを断ってからでもと言う様な勇気もない。
 というのが、まぁ椛目の皆さん、私を始めとしての、現状じゃなかろうかとこう思うです。ね、好きなものを、与えられる程のおかげも頂ってない。というて神様が下さるというても、こちらに力の出来るまでは、こちらの方からご辞退申す。こちらの方から、いいえもう暫く待って下さいと下さろうというても、ね、それもこれも押し返すぐらいな元気な心。もうこれから手が出るごたる。ね、喉から手が出る様な思いで、その好きなものを頂きたいと言う様な所じゃなかろうか。
 それでいて与えられない。どっちか助かるところ。ね、だからこの辺の所が分かってこの神様好きなものをね、断てといいなさるような神様じゃないけれども、ね、本当に自分の信心の不行き届きとゆうか、ね、お詫びの印しに、いいえそれがもう暫く辛抱致しますとか、頂き頂きませんとか、もう少し私に本当の力ができてから頂きます、というぐらいに神様に押し返すだけ、いうなら好きなものでも断ってから、縋ろう願うと言った様なです、覚悟っが今の椛目の信心に、欠けておるように思うのですね私。
 昨夜のご理解に 任せて貫くという意味のご理解の中にです、コロンブスと卵の例をもって私はお話した。今日のご理解を本当に分かって頂くためには、昨夜のご理解をようと頂いて貰わな、分からないと思うんですけれども、まぁちょっとそこんところを、申しますならです、ね、地球は丸いものだと、確かにそうだと確信した。それからいわばコロンブス、東、東へとその旅を進めた。舟を進めた。そしてあのアメリカ大陸を発見と言う様な、大変なおかげになった。ね。
 あれが途中で引き返しておったら、そげなんふうに引返さなならないほどの、大変な難儀な問題に直面した事は勿論である。ね、けれどもその確信をです、ね、そこのところを、貫いてやはり地球を一周して来たと言う所にです、コロンブスの偉さがあったと。ね、そこを貫いた。ちょっと障害がありゃもう後ひざりをする。任せるというても任せきらん。ちょっと自分が分の悪いとか損になるとか、というと本当に神様が右だ左だと、教えて下さっておることですらを、いい加減にしよとする。
 これでいわばその貫き通すという、おかげも頂ける筈がないじゃないかと。ね、成程こうすれば自分が損になる、けれども神様がこうしろと仰ったんだからと、少し一途にです、貫き通していくところにです、なるほど地球が丸いものであった、と。成程おかげが、ここを通らなければ頂けんものだと、言う事が分かるのだけど、そのそ辺の事を右往左往行ったり戻ったり、その辺のとこをの一歩前の方へ前進しない。ね、いわゆるままよという心を出しきらん。
 ままよとは死んでもままよのことぞ、とこう仰る。十二分の徳を受けようと思えば、ままよという心を出さなければ、おかげは受けられんと仰る。ね、そのままよという心が右にした方が左にした方が、もう右か左か頂いておって、それをうわつく。ね、ですから先生、右をもって先生頂いたばってん、右をすると損に行きますと、と言う様な事を又もってくる。だから神様が妥協して、そんなら左の方へお願いしよう、と言う様な事にならなん仕方がないじゃないかと。ね、
 そこを貫くというのは、銘銘なものである。ね、貫ききらんというものを、ならそこを遵守するというかね。やはり少しでも楽な方へと、お取次させて貰わないかんごたるふうに、成って来るじゃないか。ね、本当に例えばなら、御神意を伺うて損がいったとか、それこそ御神意を頂いて、損がいくならこれはおかげだ、と。神様のご都合の深いあることに違いがないと、それをお伺いしい続けて、そこを頂き貫かして頂かないかん。お伺いしたしたっちゃ、損することもあるけんで。
]と言った様な事でやはり、ちょうどコロンブスが途中で暴風雨にあう、もう食べ物もなくなった、。もうこりゃ後へ帰る他にないといって、ここで船員達が騒ぎ出したときにです、やっぱり前の方へしか行かな、船を進めなかったと。ね、言うそれが必要なんだと、と言った様な例話を頂いて、椛目で15年も信心の稽古をしよって、どうしてこれが分からんじゃろうか、とこうまぁ私感じたです、ご理解を頂いた後に。
 偉そうと言うちゃならんですけど、まぁ本当に分かったような顔をしておる、有難そうな顔をしておる、本当かと思えば、そこが頂けておらんと言う事に本当に残念な事だと思うた。そしたらね結局相手が分からんのじゃない、分からせ切らんのだと言う事を頂く。まぁ先日結局私が頂かせきらんのだと、いうことにまぁなる訳なんです。共の少年時代に、日米戦争の近い将来にあるだろうと、とゆう話を聞いたことがあった。まぁ少年時代に。もう四何十年も前に。
 そして今アメリカでは、何か爆弾ようなものを投下すると、今でいうなら原子爆弾ですよ。言う様なものが発明されておる。それを発明しるために一生懸命になっとるげなと言った様な、もういわゆる反米思想ですたい。ね、こう何か講演して回った人の話を聞いたことがある。けれどもやっぱりあれが、何十年後に実現、そう言う事になったですからね。そんときのまぁ1つの例話にです、こんな話を聞いたことがある。小さい堀の中にいっぱいの魚が住んでおると。
 ある日その紳士然とした、いうなら白鷺がそこへ舞い降りてきた。そしてこの狭い堀の中で、もうそれこそゴチャゴチャしたような、濁ったような水の中でお前たち生活するよりも、この山を一つ向うへ越えると大きな湖がある。そこへ行く気はないか。もし君達が行く気があるなら自分が一匹一匹この山を飛び超えてね、加えて持って行って向うの、その移住させようと。移してやろうとこう言った。
 もうみんなその小さい堀の中で、もう青息吐息しておる魚ばっかりなもんですから、我先に自分を、その広い湖に連れて行ってくれというて頼んだ。繰り返し繰り返しそれをやっておるうちに、あるそのどじょうがです、そのつっと皆んなが我先に連れて行ってくれと言っておる、人達を制して言ったと。待てとこれはちょっとおかしいぞ。あの白鷺の口に付いておる血を見よと。ね。いかにも向うの山の向うの湖に、連れて行っておるようであるけれども、ひょっとすると。
 途中で自分達の仲間は、あの白鷺にやられておるかも知れんぞと、口に血が付いておるじゃないかと。というて皆んなをその制したという話だ。その四十年も前に、私が頂いたそんなあの話をです、そのと椛目の人達は、どうして任せきらんじゃろうかと。十五年間本当に神様任せと、言う事は先生任せになる事だと、船は帆任せ風任せと。風を頂くほど帆を畳む様な事をせずに、そこを一路前に前進する以外にないのだと。と椛目位にまぁそのことを徹底して、伝えて来た事のないのだけども。
 自分の都合の良いことだけは先生任せ。ね、自分の少し損になると、自分の少し分が悪くなると、あぁだこぅだと、又それをお伺いし直すちゅう様な事をする。そんならこげんしじゃこて、と言う事になってしまう。そこを貫くと言う事がない。なぜだろうかと思ったら、そういうこと。ははぁ私の口もとに赤い血がついておるな、と言う様な事を私感じた。ね。私が例えばその白鷺のようなです。皆んなが本当に任せ切った人を、私は途中で食べてしまうと言った様な事は、せんに致しましてもです。
 そう言う皆んながどこの隅にか、まだ私が本当に信用されていないんだとゆうこと私は感じた。ね、私がいよいよ力を頂くと同時に神様の御信用だけではなし、みんなの信用を頂く以外にないな、と私はそう昨夜感じた。今の椛目の状態は、一つの氏子の世界と、神様の世界を取り結ぶ橋がこうあるとするなら、その鉄橋、鉄橋の修理中と言った様な感じがする。いきなりさんぱちここを通ると落ち込む。ここが今、今が修理中のところは、徐行して通らなければならん。そんな感じがする。
 そこをいわば徐行せずに通って、落ち込んで大ケガをしたと。ね、橋が不完全であったための。ほんとに詫びよる、神様の前にお詫びをする以外にない。ね、ちゃんとここに徐行と書いてあるじゃないか、注意して帰れよと書いてあるじゃないかと、注意して行けと書いてあるじゃないかと。それを言うこと聞かんといくけん怪我するたい。そればっかりは言わずにです、やはり今橋の破れておるということを、私自身神様の前にお詫びをする以外にはない。
 昨日、一昨日だったか。小森野のりゅうさん達が親子ずれで参ってみえた。今毎参ってみえる。丁度御祈念の後に。なぜかその日は、その日に限って私がこんな事を言った。その竜さんと竜さんが御祈念しよると、お母さんが御祈念済むのを待っちゃった。お母さん今日は私昨日久しぶりで、あの十三日会のあくる日でした。ね、十四日です。でから。昨日初めて合楽の最近、あそこにちょっと見せて頂きましたが、もう見事なできいっていきよりますよ。
 今日はちょっとあちらの方へ回ってから、竜さんに言うてから、ちょっと見て行って下さいと。はぁそのうち見せて頂きましょう、ち言うてから言いよなさった。そしたら昨日竜さんが参ってみえてです、親先生すみませんっちいうて、どうしたですかっち。昨日はあのご造営の方ば見れっち言ったっちゃたつに、私がこの間も見た見らじゃんの、ち連れちかのその帰った。そしたら本当に大変なことでしたち。真正面からばってん斜めからで、それこそスピードだしてきた自電車がぶつかった。
 もう自動車が45度にこう傾斜した。もうこうして上に引っくり返らんば、私があれだけ本当に運転が未熟だった、の完全に引っくり返って、大ケガになっとったじゃろうと。それをこうやって、こうこうこうやってから、一旦進んだそうです。それも完全に横から警察まで見えてから、もうどこからどう見たっちゃ、そのぶつ向うからぶつけた人がそれがまぁ悪いということになる、なったんですけれども、本当にまぁ命拾いをしたようなおかげを頂きました、とこう言う。
 危ないところでですね、いうならばいわば徐行中のところを、徐行して行かんもんだからそういうことになった。というまぁ感じはするじゃないですか。ね。修繕はお手なもんですから、その問題そのうケガがなかったから、問題なかったようなもんですけれども、ね、確かに今の椛目の場合です、本当にそういう小心というか、徐行させて頂いていくというくらいな、一ついわゆる注意とゆうか、ね、そういう時だと。私が今申しますように、本当に私任せになれば、おかげになると、私も確信しておるのです。
 もうどんこん出来んごとなってから、もうどうにも 両手上げる外にないけんで、お任せするというのじゃもう遅かって、本当は。ね、本当に私お任せするというのはお任せしきらなければならなんぐらい、だからお任せさせて頂くということにも、今皆さんが精進、勿論させなきゃならんが、同時に私が皆さんに疑われんで済むだけのです、まぁ完璧とこれ、これだけは完璧。親先生にお任せしとけばと、仰る通りさせて頂きされすればと、ね、ということがです。
 良しにつけても悪しにつけてもよし、そうやってそれを行く様な事があってもです、そこを本当頂き、貫くなら私がさっきの例じゃないですけども、私がさぁこうして、あぁすりゃばおかげが頂けれるよ、と言っておるわけなんですよ。やっぱり。皆さん現在、今の今の世界じゃつまらんって。ね、一次元の世界から二次元の世界に移り住まわなければ人間の幸せはないですよ、と。二次元の世界に住むためには、ここで修行しないけませんよと、こう私がさっきの白鷺じゃないけど、言うておるようなものの、ね。
 というても私、その白鷺のようにです、それが私の餌にしておるということは、ないのだけれども、口元に血が付いておるから、疑われたと言う様な感じがする。(苦情?)信心の不行き届きがです、まだ本当に信用を受けてないのだと、皆んなに。ね、ここんところを私の精進させて頂くと同時に、皆さんもそこんところを、よし例えば口に血が付いておってもです、ね、いうならこのお医者さんに、手を握ってもらって死んだも本望だと、例えばよく言うでしょうが。ね。
 この先生がいわっしゃる通りにしてからです、ね、おかげを頂ききらんなら、頂ききらんでんよか。いや死んだっちゃよかというだけの、皆さんにも填まりがなからなければです、私にもその填まりがでけんて。ね、私の口元に付いておる血をです、本当に教えよるだけじゃいかん、ね、お互いが一つ、凡夫生身を持っておるもの同士のものでございますから、ね、完璧とはいかんところをです、欠けておるところをです、補いようて行くところの、努力というものが必要じゃないかと。ね、
 信心は見やすいものじゃがとおっしゃる。私はこの見やすいということがです、あの任せきりということだと、昨日は、昨夜の御理解でも皆さんにも話した。任せきりこげん実安いことはなか、ね、真っ直ぐ行きさえすりゃよかっちゃけん。そうでしょうが、そすりゃまたここさん戻ってくるでしょうが。コロンブスじゃない。地球が丸いと確信した。ね、だからこれが真っ直ぐ、東の方へ向かってさえ行けば、またここへ戻ってくることが出来ると確信した。
 どんなに傷害があっても、どんなに暴風にあっても、危険な思いをするようなことがあっても、やはり貫いて、やはり東へ東へと道をとった。そこにまた元のところに帰ってくる、来たそのコロンブスがです、ね、ですからとにかく、前に進めばいいんだと、あぁそんなら気安いことですたい。もう前さえ行きさえすればよかもんじゃけん。もうそれが気安いことて。私はそういうことだと思う。ね。
 今日はならその気安い事も実際にもう実行してみるとです、途中にはそげなん様々な、やっぱお試しもあろうが、障害あろうとこう言う訳。ね、ここんところを、皆さん一つ日々の信心生活、お任せしきった生活の中からです、そう言う様な所で、いたり来たりしてです、ね、前の方へ前進しきらずにおるような場合はです、そこんところを一つ、前に前進させて頂く所の、勇猛心を作っていかなければならんのじゃないでしょうかね。
   どうぞ。